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<   2007年 06月 ( 28 )   > この月の画像一覧

ツバメと私のさがしもの

ツバメの巣があったビルが1昨日から解体しはじめました。
今日、その現場の近くを通ると、ツバメが!鳴きながら低空飛行し、ビルを囲っているフェンスにとまり、自分の巣があった方向を暫く見ています。カメラッ!とゴソゴソ出しているうちに、またもや私の前を通過し、今度は90度旋回して、違う方向へ・・・。このビルはLの字型になっているので、反対方向から入っていこうとしているようです。ところが、まさしく巨大な解体機器、そして職人の方々が高いフェンスの上に座って休憩中でした。ツバメは大きな声をたてながら、またもや、どこかへ飛んでいきました。

一緒に見ていた娘が「可哀想に。子どもを捜しているんじゃないの?」・・・・でも、私が解体前のある夜、ソーッとフェンスを抜けて巣を確認しに行ったとき、すでに巣は蛻の殻でした。きっと巣立っていったのだと安心したのですが、娘の疑問に少しひっかかり、なんとなく巣立つにはタイミング良すぎる・・と心配になりました。

不安渦巻くなか、5%ぐらいの可能性を信じ、娘に「あれは子どもツバメじゃないの?お母様が覗いたときは巣立っていったわよ。」と言うと、娘は「いつでも戻っておいで、うちの軒下は空いてますよ~」と空に向かって叫んだのでした。

そうそう、うちは空いているから!と思いながらも、でもチョット待って・・。この頃、カラスがよくくるのです。それでもそのカラスは大きいのに、よく見るとどことなく愛嬌があって、我が家でファン増加中。ツバメはカラスや外敵から身をまもるために人の集まるところに巣をつくると昔習った気がします。ですから、ツバメはちょっと無理かなぁ・・・。でも、うちにくるカラスは、言い聞かせればわかるような顔つきなのです。(笑)プランターに撒いた卵の殻をくわえる姿なんぞ、器用かつ謙虚そのもの、渋谷のゴミ(特に鳥の骨や肉類)をあさっているカラスとは思えない、思いたくない(大笑)。でも、ツバメにとっては天敵そのものです。もとへ・・・

ビルの解体工事は、水を撒きながら進めているのですが、まったく散水がおいついていません。完全に節水モード。いいんだか悪いんだか・・。

その後、私は月に1回通院している漢方の先生のところへ行きました。その近くでも、解体工事をやっています。あッ目にゴミが・・・しかも両目に。コンタクト常用者の私、これはまずい。外さないと耐えられない痛さ。すこし角によっておソバ屋さんの看板に隠れて片方をとります。すると、風で(?)コンタクトが飛んでいったのか、手にはすでにありません。

座り込み、必死になって探します。
ない、ない、ない。通り過ぎる女子高生も、自転車で追い越そうとするオバサンも無情にも通り過ぎていきます。

そういえば、20年ぐらい前、歩行者天国の渋谷109の前で友人と歩いていましたら、まばたきした瞬間にコンタクトレンズを紛失。友人と二人で、人が通らないように両手を広げて、探しだしました。すると、グラサン革ジャン族のお兄さんが「おねぇさん、どうしたの?」「べ、別に・・・」「コンタクトかい?」「は、はい。コンタクトです。」「おーい、コンタクト探すぞ!いいか、踏んだらおしまいだ。おねぇさんたちの言うとおりに探すんだ。」というようなことを言って、探してくれようとしました。そうこうしているうちに、私が「あったぁ~!!」と見つけ、お兄さん達が拍手してくれたことがありましたっけ。そんなことを思いだしながら、必死に探します。

看板にくっついているかも、もしかして、看板を押さえているブロックの中に入ったか?ないないないないナイッ!ぜーんぜんない。諦めて、帰ることにしました。0.01にコンタクト無しは辛い。5歩ぐらい歩いて、(ちょっとまってよ。違う角度から見てみよう・・)と再びしゃがみこみました。探すこと30秒・・歩道のタイルの目地の部分にナナメに着いておりました。

私もツバメも位置を変えて・・・必死に探して・・・。私のものは見つかった。そうだ、やはりツバメは子どもを捜していたに違いない・・・コンタクトを再び装着しながら思いました。そう思うと何だかウルウルし、その涙でゴミはぬぐいさられ、コンタクトをつけても、街も人も全てが滲んで見えたのでした。
by lakeforest | 2007-06-30 20:05 | 雑感

Who's the sucker?

e0108276_19501825.jpg"James' Journey to Jerusalem"(邦題:ジェイムズ聖地へ行く)を、友人(多才で美人な同級生。今はシナリオライターを目指している)と観てきました。我が家の近くに上映館があったのね・・・と思いながら、ビルの2Fへ入っていくと様々な椅子が置いてある小さなお部屋がありました。ホームシアターの大きい版です。前の方には、米袋状態のクッションが置いてあり、そこにも座れるようになっています。何だか楽しい・・・。

南アフリカの小さな村で、牧師に任命されている若者ジェイムスが、聖なるシオンを求め、エルサレム巡礼へ行く話しです。シーンの冒頭は、ベングリオン空港に着いたジェイムズが思い描いている聖書の中の聖地・・・緑広がる豊かな大地が出てきます。そして次の瞬間に、女性の入国管理官とのアイロニックなやりとりが行われます。不法労働者だと思われ、「働くならアメリカかカナダ、フランスに行って働きなさい」と言われ、そのまま拘置所へ拘留されていく話です。彼が無事、契約の地エルサレムへたどり着けるのか・・・観てのお楽しみです。

一言で言えば、近代資本主義国家イスラエルで起こっているsucker(ヘブライ語でフライヤ)、つまり搾取、金儲けを一人のキリスト者の巡礼を通して描いた作品です。

この映画の批評で「人を搾取せずに生きていく方法はあるのか・・・」とピーター・バラカン氏が書いていますが、その答えはNOに近いのではないかと友人と話していました。搾取の連鎖・・・第三世界の比ではないですが、これは資本主義でも社会主義でも起こる図式ではないか。

日本に照らしてみれば、ネットカフェをねぐらにする若者、3Kとよばれる仕事、特に現代では福祉という人の尊厳に触れる現場においても不当な賃金で働かざるを得ない状況は搾取に近いと話していました。

働きに見合った正当な報酬を!金、金、金の世の中じゃいけないが、お金を得られるのもタレントなのだ。タレンター(金持ちという意の造語(笑))が生き難い世の中だが、人を欺かず、自分の懐だけにお金をとめず、社会に分配、還元し、貢献するならそれはそれでいいのだとプチブル女性二人で語りあいました。(彼女といるとなぜか強くなれる私)

ちなみに、映画もお奨めですが、映画館1階のお手製マンゴプリン、飲み物もお奨めでございます。映画を観ると割引券をいただけます。正当価格に見合う、それ以上のお得感満載のテイストでございます。

ところで、昨日あるデパートの地下に入っているスーパーマーケットに行きましたら、「セルフレジ」と「サッカーレジ」とありました。「サッカー」という表現はいかに・・・と思っていたところ、今日まさしく映画でsuckerの話でしたので、何とも言えない気分になった次第です。
by lakeforest | 2007-06-29 20:03 | 映画

名誉の傷

息子が顔に引っかき傷をつけて、しかも10名近くの友達と一緒に帰宅しました。
不肖の傷か名誉の傷か、単なる不注意か・・・久しく引っかき傷を見ていなかったので、親としては気になるところです。

しばらくすると、一人の女の子が息子の傷を見て、思い出したように「今日、可哀想だったね。」と一言。すると、男の子たちが「そうだよ、○(息子のあだ名)は全く悪くないのにな。大丈夫?って言っただけなのに、ボコボコにされて・・・ヒドイよ。」
(どうやら、相手に傷はないようだ・・・ホッ)
女の子「○、えらいよね。」
男の子「ほんとだよ、えらかったよ。僕なら、Aや先生を蹴り返して暴れてるぞ!」
息子「うん、ありがとう」
私「そう、助けに入ったのにやられたんだぁ。普通、正義の味方は強いのにね。反対にやられちゃったのね?(笑)」

・・・・・シーン・・・・・

男の子「オバサン、酷いのは先生です。あれは完全な人種差別です。」
女の子「そーだよね。相手がAくんだからって何も言わないで。先生、Aくんの親が怖いんじゃないの?」

(でた、モンスターか・・・・)

話を聴いてみると、こうです。(子どもたちの話より)
以前に、Aくんが「学校でいじめられた」と親に言い、(いじめの原因は、体格が大きいことをからかわれたとか・・・。)Aくんの親が学校に来て「息子をいじめたヤツは誰だ」と、休み時間にいじめたとされるBくんを廊下に呼び出し、皆のいる前で、皆を含めて金輪際いじめないよう注意した。

それ以降、Aくんは何かおこると「自殺したい」「学校を転校したい」と自分が悪くても、いじめられているように振舞うようになった。

先生の対応は・・・廊下呼び出し事件(子どもの表現)以降、Aくん親子を特別扱い。もともと女の子は特別扱い、それ以外の男の子は放置。何か起こった場合は、Aくん・女の子>その他男の子らしい。

ある日、先生にそのことで抗議を申し出た勇気あるBくん。(男の子たちにとってBくんは正義だ)ところが、先生に胸ぐらをつかまれ、危うく殴られそうになった。Bくんの親が学校に電話をし「子どもに暴力で返すのはやめてほしい。きちんと話を聞き、説明してほしい。」と。それ以降、先生が暴力を振ることはないだろう・・と男の子たちは静観している。

という状況らしいのです。

そういえば3週間ほど前、息子がある女の子に「お前なんか死ね」と書かれた紙をもらったと先生に見せたところ「お前が悪いんだろう」と言われて、何も聞かずにその紙をビリビリに破いて捨てておしまいだったと言ってきました。私は、その女の子と何かあったの?と聞いてみたのですが、軽い(息子にとっては・・でも女の子にとっては重かったかもしれない)言い争いがあったとかなかったとか・・・。息子曰く、ハナから相手にしてくれない先生の態度がショックだったと。

息子が寝入りばなに
「ぼく、Aの気持ちもよくわかるんだ・・・。みんなで野球をやっていて、僕たちのチームは、ピッチャーのAがへたくそだから負けていると思って『へたくそピッチャー』って叫ばれたんだ。でもちがうんだよ・・確かにAはへたくそかもしれないけれど、一生懸命がんばっていたよ。どうして負けているっていうと、相手は野球チームに入っている子たちが固まってチームを作って戦っているんだから、勝つわけがないよ。それなのに、Aが下手だからって言って、一人言ったらみみんなが『へたくそ、へたくそっ』て・・・。Aは『何を~。やるかー』って叫んだだけなのに、みんなが『退場、退場!』って叫んだから、最初に退場って言った子に飛び掛っていったんだよ。僕は『大丈夫』ってやられた子に覆いかぶさったんだ。そうしたら『○、おまえも同じか?!』って殴られちゃったんだ。お母さん、学校に言わなくていいよ。僕にとっては、Aもみんなも大事な友達だから・・・。先生は、その場にいなかったから何も言わなかった。もし見ていてもAの味方をして、何も言わなかったかもしれないけど。」

やんちゃ息子よ、いつこんなにも成長したんだ。この世の中に理不尽なことは沢山ある。正義が勝つことは滅多にないと言ってもいい。あなたの顔の傷は勲章だ!Aくんの心の痛みの表れだ。いい友達をもって、良かったね・・・・。

翌日、息子が晴れやかに「ただいま~」と帰ってきました。「ねぇ、ねぇお母さん、Aが朝一番に謝ってきたよ。みんなにも謝ってた。」「みんなは?」「みんなもごめんって。でも僕は謝らなかった。そうしたら、今度は僕がみんなに『なんで謝らないんだっ?』って言われた。」「そう。それで?」「だって、『僕はAが下手くそだとか退場だとか一言も言っていないぞっ!だから謝らないんだっ』て言い返した。そうしたら、Aが『そうだよな』って。よかったぁ!」

これもやんちゃで叱られ続け、学校に呼び出され続けた日々があったからこそなのかも知れないね。優等生じゃなくたっていい。でも、これからも宿題(学校からの課題)とやるべきことはきちんとやる人間でいようね。やるべきことをやらなければ、いざと言うときに何の権利も勝ち得ない、正義もへったくりもない。そして、それが責任と自由の関係なのだから・・・。

子どもの傷から、様々なことを教えてもらいました。
私は、子ども同士のけんかは、素直に、できる限り子供同士で解決することが大切ではないかと思っています。先生は解決方法を生徒との関わりの中で身をもって示し、親は子どもの代弁者ではなく、子どもが、自分の思っていることを素直に言える環境を整える・・・そうやって互いの信頼のうちによいものが生まれてくるのではないかと願っています。いじめはいけないことです。でもどうしたらいじめが生まれてくるのか、いじめを防止できるのか、大人が態度で示していかなくてはならない、それが大人の責任だと思っています。

脱線しましたが、多分に、手前味噌な話で失礼致しました。
by lakeforest | 2007-06-28 08:54 | 社会

liberty

露呈する数々の不祥事ですが、そもそも不祥事というのは関係者にとって不都合なことですから、関係者が多数の国民を巻き込むことは不祥事を超えている出来事だと思っています。これだけ露呈すると、これはもはや国民全体の不祥事ではないかと思えてなりません。

何がそうさせた・・・・この知恵と知識のない頭で考えてみます。
やはりもとはといえば『規制緩和』ではないか?(エーっと、このブログを読んでくださっている多くの経済の達人の皆様、笑わないで下さい。私のこの素人頭で必死に考えているのですから・・・(笑))もとへ

規制緩和、聖域なき構造改革が、秩序なき自由化になっているのではないか。もともと、アメリカに追随する形で、規制緩和を行ったのだろうと思われますが、(違う?そうなら失礼)何のどの部分を国民のために国が補償し、守り、どの部分を規制緩和ならぬ規制撤廃していくのか・・そういった論議がないまま、全てのことがなし崩し的に自由化へと誘われた感が否めません。

国鉄の民営化・・これは当初、赤字解消からだったと思うのですが、民営化して黒字へ転換したのかどうか・・無責任にも、私は知りません。(でもsuicaと私鉄のpasmoのボーダーレスで、かなり良い方向へ向かったのではないかと思うのですが、このような壁や緩和は多いに歓迎です。)

規制緩和自体は否定はしません。
ただし、秩序なき規制緩和、もしくは規制緩和によってもたされる秩序なき自由化は肯定できません。介入すべきところ(または責任を負う)には介入せず、介入しなくてもよいところに介入してくるのではないか・・と思われる節もあります。

先日、テレビをつけるとお笑い番組の最後に「自由のブルース」という歌を唄うギター片手の芸人さんが出ていました。その歌のなかで「○を選ぶのも、△を選ぶのも自由だぁぁ・・○○is freedom♪」と歌いあげ、「でも○○なんやけど・・」というオチをいう芸が流れていました。この芸のポイントは選択の中で迷う「秩序」「理想」はたまた「気遣い」と選び取る「自由」「個性」「わがまま」を、とりとめもない日常生活から表現した点であろうと感心して聞いていました。

市民革命を生み、育んだ「自由」。
個人的には、束縛から免れるfreedomというより、権利を主張するliberty、秩序ある自由な社会に生きたいと感じています。

少なくとも、自分の考え方をごり押しせず、互いの尊厳を認め歩んでいける自由、そして生み出された弱者を支えるに真に強く平等な社会、責任を全うする国でありたいと思いますネ。今の規制緩和が生み出した様々な不都合に、私たち国民はどのように責任を果たし行動していくのか・・・選びとるのは責任ある自由だぁぁ(お粗末様でした)。
by lakeforest | 2007-06-26 10:17 | 社会

山望庵 -うまかもん-

福岡に行ったならば、必ずお会いしたい人がいます。
前回の出張の時もお世話になった神父様です。司祭職以外に3又も4又も兼職のある大変お忙しいかたです。

はるかかなた仙台教区の盛岡からいらした客人であり友人を迎えるということで、早速彼のテリトリーへ移ることになりました。

e0108276_22373838.jpg行きつけ兼お奨めのお店へ・・・
「ここです!」
看板には『笑顔料理 山望庵』(サンボゥアン)と書いてあります。笑顔料理・・・このネーミングだけでハッピーな気分になりました。ドアの取っ手が洒落ています。ドアを開けると山小屋のような木の香満載のアットホームなお店です。

e0108276_22375620.jpg「何食べても美味しいですょ」と神父様。ビールをオーダーすると先付けが出てきました・・・赤貝の煮付け、枝豆、白身魚のマリネ・・塩梅が絶妙です。かんぱちのお刺身、メゴチのから揚げ、さつま地鶏のたたき、いかとアスパラのバターいため、コロッケ、生じゃがのサラダ、だし巻きたまご、モツ鍋とちゃんぽんなど。私は、この前に懇親会なるものでお寿司をパクパクいただいていたのをすっかり忘れています。(汗)

お魚はどれも新鮮で、かんぱちはプリプリ、メゴチも甘みがあっておいしかったですね。ツマに瓜の千切りがのっていたり、生でいただけるジャガイモも驚きです。

さらにはコロッケ。
なんと、ご主人はコロッケが苦手とか・・それなのに、美味しい。作り手が嫌いなものをどうやったら美味しく作れるのかなぁと考えたりして。しかも、岩塩をつけていただくコロッケです。

作り手そのもが料理の味に現れていますね。素材を生かし、引き出した味、何より塩梅の良さが光っています。

終盤に盛岡の客人は目ざとく「船中八策」を発見。そうです、坂本龍馬由来のお酒です。もうこれ以上はやめておく、次の機会に・・とおっしゃっていましたが、すかさずオーダー。めでたくありつけました。良かった、良かった♪

このお店のメニューは、奥様が作られた朝顔がデコレートしてある和紙に毛筆で書いてあります。全てが手作り。若いご夫婦の温かいもてなしに、美味しい料理と酒を囲んでゆっくりとお話ができました。感謝です。

ところで、私たちは翌日もあるから、お先に・・・と惜しみながらお店を出たのは12時すぎ。(汗)明日は離島へ・・という神父様。お体に気をつけて。
by lakeforest | 2007-06-25 06:16 | 雑感

優雅なひと時

e0108276_16183463.jpg福岡の西南学院大学に行ってきました。
この大学はプロテスタント系の大学で、構内に聖書博物館や聖書植物園がありました。聖書博物館では、様々な年代の聖書や聖具の展示のほか、日本へキリスト教が伝来してきた際の縁の品々、踏み絵やお触れの板(掲示板:キリスト者を発見したら銀貨○枚を・・という逮捕状)などが展示されていました。(写真は博物館2階の礼拝堂です)

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聖書植物園は、構内の様々な箇所に、聖書に登場する100種を超える植物のうち、約80種類の植物が、それぞれの植物名と聖書上の名前、それに関わる聖句が書かれている掲示板の横に植えられています。

聖書植物園コース案内(ボランティアで草刈をなさっている女性のかたが説明してくださる)に参加したのですが、これはかなり興味深いものでした。私が参加した回は私を含めて3名の参加で、一緒に行った神父様とプロテスタントの信者のかたは、先に聖書の箇所や場面を語り、それにちなんだ植物を見てみたいと、案内のかたに『毒麦はどこでしょう?』『没薬に使われたのはどれでしょう?』などと、傍にいた私はかなり勉強させていただきました。私が驚いたのは『野の花』というのも、聖書の箇所によって特定されているのだなぁとわかったことです。

e0108276_1626333.jpg聖書の地、パレスチナから運ばれた植物もあり、日本のものとは大きさがちがったりします。その種類もさることながら、大学構内にそのような形でガーデニングをするというのは思いもおらない素晴らしい発想です。

また、それにもまして驚いたのは、遺跡があるということです。先週、子どもの学期末テストにも出た「元寇」の防塁があるというではありませんか!今から700年以上前、元の襲来に備えて、博多湾に沿って海岸に築かれた元寇防塁です。出土された場所から約12メートル移築し、復元したということです。特別に見せていただきました。ロの字のビルの中庭にありました。(これが守ってくれたのね!元の襲来から・・はたまた暴風雨から・・今はビルの谷間にあるけれど・・・)

e0108276_16343417.jpgとにかくきれいな大学で、学食、もとへカフェテリアなどは円形になっていて、外側のデッキ、2階のデッキなどのカフェテラスで緑を満喫しながら食事ができるようになっています。ただ美しいというだけではなく、学びの場において、創造力を生み出す環境が提供されていることは素晴らしいと思います。気持ちの落ち着く、贅沢なひと時を味わいました。

*****
翌日のホテルでの朝食時に、ちょうど外国のかたに囲まれた席になってしまったのですが、小一時間かけてお食事をしながら、いつもの人間観察をしていました。3組のご夫婦が、男性2名1テーブルに、女性3名と男性1名が1テーブルに座って食事をしていました。すると、女性が少し高い声で笑い出し、一緒の席にいた男性1名が男性2名の席に移動しました。

すると、そのうちの1人の男性がそのかたの奥様にでしょう、「彼にどんな失礼なことを言ったのか。慎みなさい。」とふり返りながら優しく一言。奥様らしき人は「ごめんなさい」と席を移動した男性に言われました。そして、しばらくしてから女性3名でまたまた話が盛り上がり、クスクスと笑い始めました。すると、またもや男性が「Ladies~!」と一言注意しました。決して大きな声で下品に笑ったり話したりしているわけではないのです。

こんなシーン、日本人同士ではめったに見られない光景です。何だか得した気分です。

その後、いずれも五分刈りの男の子3名がやってきて、ご婦人がたに軽く会釈して食事を取りにバーへ向かいます。全員が座ったところで、先ほどの男性が「Boys・・」と挨拶しました。私は親子と夫婦の組み合わせを自分なりに推測しておりました。3組の夫婦に3人の男の子・・・・ウーム・・・・すると、次に18歳ぐらいの女の子一人と中学生ぐらいの男の子2名が着席しました。

子どもたちは、いずれも姿勢がよく、まことにお行儀よく食事をしていました。この行儀のよさは親の躾に賜物にちがいありません。騒ぐでもなく、落ち着いた会話での食事です。子どもと大人のけじめや境界線、TPOをわきまえること(それが大人や社会への仲間入り)の大切さがしみこまれているように思います。規律と尊重のある自由です。

余談ですが、私の母校の姉妹校にインターナショナルスクールがあるのですが、講演会などゲストがいらしてお話しをする、コンサートで演奏するとき、授業の活発さとはうってかわって、ホールに入った瞬間から、もしくはゲストが見えた瞬間から、またたくまに完全沈黙になります。先生が「静かにしましょう」と一言声をかけて静かになるというのではありません。コソコソ話したりする子どももいませんでした。先生方が、静かにすることの意味(相手のかたへの尊重、礼儀)を厳しく教えるからと聞いています。

ということで、いずれも、頭を使いまくった福岡での大変優雅なひと時でした。皆様にとっては当たり前かもしれませんが、私は、ついついわが子がここにいたら・・と冷や汗が出てしまった次第です。
by lakeforest | 2007-06-24 17:04 | 雑感

私は手を振る

フライトが苦手なかたもいるかと思いますが、私は結構好きです。
もちろん、国際線は長いので機内で横になることが多かったと記憶していますが、ここで申し上げるのは国内線です。

e0108276_22323843.jpg今回のフライトは異常ランプが点灯したとかで、30分近く整備点検のためフライト時間が遅れました。そのために、滑走前の飛行機の整列が見られました。TVCMではありませんが、きちんと整列して、飛行機がフライトを待ちます。何だか、大きな姿なのに可愛いらしい光景でした。

私共の飛行機は4機目、横からは他社の飛行機が3機待っていました。多分後にも2機ぐらい整列待機しているのかもしれません。管制官の方々の判断に、何百人ものの人を乗せたジェットの行方がかかっているのだなぁと感じました。

さて、フライトでもっとも好きなのは早朝便です。雲をぬけ、朝日をうけた雲を眼下に見下ろすときの清々しさは地上では味わえない世界です。地上で雨や曇りの時の雲上の景色はなおさらです。いわゆる『雲のじゅうたん』で、それが地上で天気が悪い日の雲は、厚い真綿状です。飛び降りたくなるようなフワフワ感というか、しっかりと受け止めてくれそうな感じです。朝日の陰影によって、荒波が静止したような感じに見えるときもあります。また、まるで南極のようにいるような錯覚に陥ることも、新雪の世界に舞い降りた感じになることもあります。また、アラスカ付近で見たオーロラは忘れられない神秘的な光景でした。聖書の「天と地を分けた・・・」という言葉をイメージしたりします。

そんな雄大な景色に、宇宙から見れば、私たちのジェットは地球の表面を飛んでいるちいさな虫にしか映らないのだろう・・・と考えたり、雲の合間から見える島々や緑を見て安らぎ、湾の沿って林立するビルや霞のかかった状態を見て、人工の美しさは地上からだけではなく雲上からもそうであってほしいと思ったりもします。

e0108276_22404426.jpgさて、今回は、ちょっとした手違いで座席指定をするのを失念してしまったこともあり、座席が羽のすぐ前で、ターボファンエンジンの横でした。よく見ると、マークが書いてありました。そして、着陸の際にエンジンを見ると、ない!ヘッ?!マークの部分の1枚が、つまりエンジンの被せてある白い部分が・・・エッ落下した?まさか・・整備点検で遅れていたけれど・・見落としたわけ?

と、とりあえず着陸だから、こんなエンジン内部が見えるホネホネ部分丸出し状態だけれど、順調に着陸してくれればと願っておりました。そして、着陸してしばらくしたら、きちんと元の姿にもどっておりました。開閉できるのね・・・と(笑)、つまり、何らかの操作だったわけですね。整備士さんを一瞬でも疑ってしまってごめんなさい。

毎回、飛行機がデッキを離れて滑走路に向かう途中、整備士さんらしき人が二人ほど、飛行機に向かって大きく手を振ってくださっているのを目にします。最初は、パイロットの方に向かって手を振っているのか・・と思い、それでも、飛行機が横になってもまだ振り続けている・・これはきっと飛行機に「行ってらっしゃい」をしているのだ・・単に乗客の一人である私が手を振り返すべきなのか・・でも、見た以上、無視はできない・・などと思いあぐね、頭を何度か下げました。そうすると、タイミングよく、帽子を取られて深く挨拶してくださいました。(多分に、タイミングがあっただけ)

e0108276_22394196.jpgそれ以降、私は必ず手を振ることにしています。(今回のフライトも満席近くで、となりの人の目も気にせず・・)あちらからは見えるかどうかわかりません。でも、この方たちが、何百人もの命を乗せて運ぶ私たちの飛行機を整備して下さっている、そして「ありがとうございます」という感謝の気持ちを表せるのは、この数分しかないのだ・・と思うと手を振らずにはいられません。

感謝の気持ちを表すことができる時はチャンスだと思って、これに限らず、素直に表現しています。ちょっと気恥ずかしいかも知れませんが、一緒にいかがですか?!(・・・なんだか、どこかの放送局のキャンペーンの一環みたいになってしまいました。)
by lakeforest | 2007-06-23 22:43 | 雑感

思い出し笑い

久しく『思い出し笑い』がなかったこの頃、今朝は漢字の話から、ある出来事を連想して一人で笑ってしまいました。

たいてい、自分自身が行った恥ずかしい体験が多いのですが、今日はなぜか友人Aさんのことを思いだしてしまいました。

昔、勤務していた会社での話です。私が所属する部署のお隣の部署(広いワンフロアーの隣のシマ)で、セミナー受付を行っていました。新聞にセミナー開催の案内がでると、普段より多く電話がなります。時期になるとアルバイトのかたが入り、電話対応するのですが、その一人のAさんととても仲良くさせていただいておりました。

その彼女の、ある電話騒動を思い出してしまいました。
「○○でございます。セミナーお申し込みでいらっしゃいますね。ではお名前からどうぞ。」
「お役職名は?」
「ご会社名は?」
(なかなか上手くいっている様子)

「ありがとうございます。では復唱させていただきます。ご住所が○○○。御社名が、マエカブ○○株式会社様。」

「ハイ?失礼いたしました。アトカブではなくてマエカブ様、マエカブ○○株式会社様・・・へッ?マ・エ・カ・ブ○○様?失礼いたしました、マエカブ○○様」

「ご参加者名が、ダイトリ タマキ様。失礼いたしました・・ダイトリ タマキ ○○様」

「ハイ?ダイトリはお役職名で・・どのように書きますか?・・失礼致しました。代表の代に取るで、ダイトリ様?」

見かねた正社員の女性が、メモで電話を代わるように示しました。

「お待ち下さいませ。」・・・・選手交代・・・・「大変申し訳ございません。いつもご参加ありがとうございます。株式会社○○ 代表取締役 タマキ ○○様でございますね。では、早速書類をお送りいたします。お電話ありがとうございました。」

こんな具合で、彼女の電話には毎日のように笑わされていました。
人の名前を漢字表記を確認する際にも、例えば「原田太郎」という名前でしたら、「原っぱの原に、田んぼの田、桃太郎の太郎でよろしいですね。」という具合です。

また、難しい字の場合、相手の言った言葉を忠実にひらがなで書き込み、あとで辞書で引くという涙ぐましい努力。

例えば「イグマ」さんでしたら「動物のイノシシにクマ・・・?」とさりげなく語尾をあげて反復してしまい、相手の方が気を利かせて漢字をばらして言った暁には、「ムーツキヒィヒィにヨツテンでございますね?」という風に、相手の言ったことを復唱し、それを「むーつきひーひーによつてんのクマ」とメモしていました。

ですから彼女の記入表(参加者1名につき一枚)は、欄外や裏面に様々な言葉が書き添えられておりました。涙ぐましい努力もさることながら、彼女の巣晴らしかったところは、決して横柄なところがなく、いつも笑顔、誠実さが伝わってくる電話対応だったことです。

その部署で、ベテランの女性なぞは「如水会館の如水」という字を説明するにも、「水の如しと書きます」・・・と、美しい表現を用います。多分私なんかは「女に口と書いてジョ、飲む水です」と答えたでしょう。彼女がたとえを言うと、自分でその言葉を連想しながら名前を書いてみたりしていました。とにかく語彙が豊富で、表現が素晴らしいのです。でも、残念ながらとても感情の起伏が激しいかたで、電話先のお客様に感情が伝わってしまうので、機嫌が良い日以外の彼女の電話はドキドキものでした。

またある時、Aさんが電話口の相手のかたに「とんでもございません。」と何度も言っていました。すると電話を終えて、
上司が「Aさん、『とんでもございません』とは言わないでしょう。」
「へぇッ?『申し訳ない』は『申し訳ございません』でいいんですよねぇ?なんで、『とんでもございません』はだめなんですかぁ?」
「えぇ・・?!『とんでもない』はそれで一語だからよ。『みっともない』を『みっともございません』って言わないのと同じです。」
「そうですかぁ・・・・気をつけます。」
彼女は早速、メモに書き出しました。「とんでもない→とんでもありません」・・・Aちゃん、違うってば・・・。

なぜか思い出した20年前の思い出です。
by lakeforest | 2007-06-21 18:53 | 雑感

一夜明けて

昨日の事故から一夜明けました。

朝、事故現場の近くを通ると、空気がモワ~ッとしています。アイドリングしている車の列が原因ではないか・・・完全に地球温暖化を促進しています。

新聞社などがお抱えのタクシー(バブル期には旗付きのハイヤーなど)で、記者を待っているのですが、このところの暑さです。クーラーをつけたまま、アイドリングしたままず~っと住宅街に程近い場所にズラーっとタクシーが並んでいます。

昨日は、上空でヘリコプターが旋回していました。
以前のブログにも書いたのですが、阪神淡路大震災の時も大変問題になりました。教訓を生かすことはできないのだろうか・・・と。共通で1台とかにならないのでしょうかねぇ?上空を見上げていると4,5台いましたが、ニアミスかとヒヤッとする場面もありました。

二次災害には気をつけたいものです。

さて、職場では今週、トップが入れ替わります。昨日、その人事が発表されました。
私が担当させていただいている委員会の長も変わりました。勝手に予想をしていた(賭けではありませんが・・)2名のうちのお一人でした。

今までの委員長には、只管感謝のみです。今日はスタッフ全員から心ばかりの御礼を差し上げました。出産後、社会復帰した初めての職場であったこと、そして初めて担当させていただいた委員会の長でいらしたので、並々ならぬ思いがあります。様々なことで助けていただきました。来週からは他の委員会の長となられ、一生会えないというわけではないのに、ウルウルきてしまいました。

来週からは、新しい長のもとで委員会活動が新しいスタートを切ります。
今度の委員長とは、(あちらは覚えていらっしゃらないでしょうけれど)ハプニングというか失態続きの私です。とにかく2度もぶつかり、何度か失笑され、あまり出会いがよくありません。そりがあわないのか、はたまたあいすぎるのか(よく道端で、右に行こうとすると右、左に行こうとすると左に気があってしまうような状態)、いずれにしても、私にとってはきまずい相手とでも申しましょうか・・。

でも、素晴らしいかたであることは間違いないでしょう。
苦手を克服する。出会いが悪いからこそ、良い道が開けてくると信じて、これからも微力ながら仕事に邁進していきたいと思っています。

金曜日から学会で、今年2回目の福岡です。
学会なんて柄じゃありません。特に福祉関係は、机上の論理より現場の課題が優先であると思います。それでも、私の役割は学会で出される方向性と現実のすり合わせにポイントがあるのだと思っています。しっかりと報告できるよう勉強してまいります。
by lakeforest | 2007-06-20 19:41 | 雑感

人権の促進

AMNESTY・・・アムネスティインターナショナルと言えば、ご存知のとおり国際人権保護団体です。そのアムネスティが人工妊娠中絶を部分的に認める(レイプ、近親姦、母体の命の危険を及ぼすとき等)方針を明確にしました。

CNNによると、その方針に対して、バチカンの正義と平和協議会担当の枢機卿が、人権保護に反していると批判した上で、今後カトリックはアムネスティへの援助を行わないこと、個人においても寄付をしないよう呼びかけたということです。バチカン放送は、寄付をしないよう呼びかけたという一文だけを流さなかったそうです。(残念ながら真偽のほどははっきりしていないようです)

もちろん、アムネスティは「権利としての中絶に賛成するのではなく、女性が強姦その他の重大な人権侵害の結果として起こるあらゆることに対処する際、恐怖、脅威、抑圧から自由である権利を擁護するのがアムネスティの立場である。」と述べています。

この方針発表は正義に反するどころか、この世の中で、弱い立場に置かれ、虐げられ、被害者となった子どもや女性にとって救いの光ではないかと思います。このように目的や目標とするものが同じに見えても、究極の選択肢が生まれることがあります。互いの最終目的は、人の命の尊厳に基づく暴力のない平和な世界です。

まず現状と向き合うことが大切だと感じます。現状を見ず、理想を語っていても絵に描いた餅です。あらゆるところでおきている(特に女性や子どもに対する)暴力に対して、どう対処していくのか、それが大切です。

カトリックの教えでは、もちろん中絶は認められていません。たとえそれが暴力によって生まれた命でも、育まれた命に条件付はないからです。

しかしながら、暴力によってズタズタにされた人権を回復すること、これはたやすいことではありません。残念ながら暴力は連鎖するといわれています。生まれてくる命がどんなに尊くても、暴力によって、生まれてくる命を尊く思えなくなってしまう被害者がいることも事実です。そして、被害者が加害者になりうる可能性も大きいのです。

まずは被害を受けた人たちが専門的なケアによって、心身の健康を取り戻すことが大事だと思います。その回復過程で「あなたはあなたらしく」「All OK」というような自分を大切に思う心、自分の足で自分らしく歩もうとする自立心を養う場面でも、福音が救いとなるのではないでしょうか。

今まで、方針を明確化(公表?)しなかったアムネスティが、このことを発表した経緯には、ダルフールのスーダン難民キャンプでの大規模なレイプが背景にあるとも言われています。アムネスティの公表せざるを得なかった決断とその背景に、凄まじい人権侵害が横行しているのだと感じました。

カトリック教会も、同じように難民キャンプに限らず世界中で、人権回復のために地道な支援活動を行っています。それぞれがそれぞれにできることを同じ目標に向かい支援活動を行っているのです。

惜しむらくは、次から次へと起こる暴力という現実問題に、どのように正義と平和を具現化するのかということではなく、相手のことを責めるような態勢、対峙するような発言が流れてしまったことです。また、そういった背景には何かがあるのではないかと、思いたいような思いたくなような次第です。
by lakeforest | 2007-06-19 21:18 | 社会