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無気味・不気味・・・無君

「不気味」。何だか、この頃この言葉を強く意識する出来事が多い。

今日、電車に乗っていたら、突然、大声を発した人がいた。私が座っている席の隣のドアの近くで起きたことだった。何事か!と目をやると、親子(母親と小学生高学年の子ども)喧嘩らしい。母親が息子を車両の脇まで追い詰め、男の子の身体を動けないようにして、なぐったり、つねっているようにも見えた。一瞬、心臓がバクバクした。

振り向いて着席しようとした母親の形相はとても強張っていた。皆の視線がその親子にいき、その後は何事もなかったかのようにダンボの耳にして、静かに普通に座っている。それが奇妙で、不気味でならなかった。しばらくすると、その人たちが着席した前の席にいた若い女の子たちが静かに立ち上がり、違う車両へと移っていった。

女性や、鉄道職員がレイプされた事件のときも似たような状況だったのであろうか。そんなことを一瞬のうちに思った。声をかけられる状況にない、声をかけたら自分の身に何がおこるかわからない・・・そんな社会になってしまった。

このところの天気にしても、政治にしても、社会状況も何だか・・不気味である。

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PS
私も、公然で「鬼の形相の母」となったことがある。
子どもが幼稚園生のころ、どうしてもおもちゃを買ってほしいとダダをこね、大声で泣きわめき、駅の百貨店の入口で、私の財布を思いっきり投げた。私はなりふり構わず「いい加減にシナサイッ!」と息子を大声で罵倒した。回りの人が、私の殺気に「異常な母親」と言わんばかりの冷ややかな視線で通りすぎ、しばらくしたら息子は過呼吸状態に陥った。柱の陰で慌てて息子の背中をさすり、抱っこしながら、反省ひとしきりであった。息子を酷い状態にさせてしまった愚かな母親の苦い経験である。

そんなとき、私たちにかけよって、一言「大丈夫?」と声をかけてくれる人がいたら、声をかけられなくても、息子がなげたお財布を拾ってくれようとしただけでも違ったのではないか?きっと自分はもっと冷静に対処できたのではないか?そんな甘えにもにた考えもある。今だから冷静に考えられるのだが、「お受験」といわれる世界に入り込み、子育てに行き詰った母親の一人だったに違いない。

この親にしてこの子ありで、我が儘、マイペース、ある種大らか、規格外の子どもに、規格品になれと言っていた、そしてそれをよしと望んでいた自分が愚かしく思う。元気でいてくれればそれでいい、子どもが生まれたときに思った「生まれてきてくれてありがとう」という大事なことを忘れてしまっていた。

(今息子が来たので、そのときのことを覚えているか聞いてみた。自分がお財布を投げたことは覚えているということで、面白おかしく教えてくれた。どうやら私は「お金を投げるとはどういうことですか!お父様が一生懸命働いて下さったお金ですよ」と泣きそうな顔で言ったらしい(汗)。大笑いしながら真似してくれた(笑))。

今日の親子も、いつか笑いながら話せる日がくることを心から祈っている。
by lakeforest | 2008-09-07 20:40 | 雑感

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