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humble truth or humble heart

白・赤に新しい黒とおめでたい限りですが、今後の日本の教会を考えると、召命も少なく(全世界的でしょうか?)民主化と申しますか、司祭と信徒の協働が不可欠な時代だと思われます。(←神学や教義など、全くもって未知の世界で書くこの勇気。お許しを。)

日本人は律儀で、几帳面で、これをやるといわれたら、その通りにやる。しかも、不測の事態が起こった暁には、その律儀さが変な倫理感となって余計なことにまで波及する可能性がある・・そういう経験をしたり、見聞きしたりしています。暴力にまで及ぶ・・そんなことすらあるでしょう。

最近では、あるかたが離婚するにあたって、教区の法律関係の事務所に届け出でを行い「結婚とは新しい命を生み出すもの。あなた方の結婚は命を生み出せないものであった」という言葉で婚姻自体が上手くいかなかったと認められたと聞きました。ここでいう「新しい命」というのは様々な意味で、ともに新しく育むものということです。教会法での離婚が認められたにも関わらず、いざ教会に戻ってみると、何が怖ろしいって信徒の噂や目というような「裁き」だったと聴いて、なるほど実感しました。

さて、人が集まるところには必ずといっていいほど、人間関係のしがらみというか、人間同士による小さな争い、妬み、嫉みが起こるものです。本当にささいな、小さな感情が大きな波となることがあるのです。信仰者の集まりなら、そんなことはない、そういうことはお互いに許されるものと思われるでしょうが、とんでもない(汗)。

規律やルールを厳守する気質は致し方ないとして、そのルールに反したもの、甘いものに対して、より厳しい目を持つ、排除する、「規律やルールをわかっていない」とそれをかざしだすなんてこともあります。

教会憲章から、プリフィカトリウムのおき方、拝領やおじぎの仕方まで、色々と詳しく、学者になって本でも書いたら?というような人が世の中には多いですね。餅は餅屋へという論議から民主的に解決できることまであるものです。とにかく不測の事態への対処というか善処と言うのは人間性やその人の器の大きさによるところが左右しますね。

それでも司祭は大変ですねぇ、司祭は神学や典礼を極めていても、これだけの多様化した時代での共同体運営はそれだけでは難しいでしょう。

教会に人がいなくなる・・そんな時代を見据えて、私たちは何ができるであろう・・・か。何においても、本質に基づく行動選択が必要ではないかと考えますし、いつの世も想像力と創造性を失ってはいけないと考えます。そして、simpleさ、そしてhumbleさが必要なのだろうと思うのであります。

機会がありましたら、自分では気にかかっている宗教組織としての社会啓発活動についての意見を話させていただこうと思います。いつか、きっと。
by lakeforest | 2008-01-22 10:02 | 価値観

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