気持ちと心

再履修覚悟で再提出のレポートが、まさかの合格で、しかも本年度レポート締切に1週間の猶予を頂き、返却されてきました。

私としては、再履修と心に決めていたせいか、合格そして1週間という猶予に、動揺を隠せません(苦笑)。また、講評が素晴らしいことに感服。不合格となったレポートの講評では、何故不合格なのかが納得いかず、どのような点が不足なのか、不合格になるほど酷いものなのかとも思えず、何をどうしたら良いのかとオロオロしつつ、再提出可能日になった翌日に、諦めとプチ怒りの覚悟で書いて提出したため、1回目のレポートより酷かったと感じています。←人間性が…orz.

講評には、教授が何を求めていたのかが手に取るようにわかり、私の具体的事例について、どのように考察したら良いのかが書かれていました。つまり『合格』だったのに、再提出の方が『不合格』だったと感じました。

同期が「あの教授は、みこみのある人は、あえて不合格にするみたいだよ。再提出できると思うから敢えて不合格にして、次のレポートで、より完成度の高いものを求めてくるみたいだ。だから次に書きなおせばOKだよ」と、励ましてくれましたが、まったく納得行きませんでした。しかもそれを聞いたのは、すでにヤケッぱちレポートを再提出した後でした。

前回のレポートで語りつくしたせいか(?)、普通ならば、前回のレポートの手直しで終わるはずが、新しい課題を、しかも『できたら次回は、◎◎について考察してくれるとよいと思います』と指定にもにた強い促しになっている…。

◎◎には、高校時代の倫理社会で課題となった、ナチス収容所の経験もある、実存分析で有名な精神科医の名前が入るのです。そう、フランクル。今さら…という、不遜な思いを抱えて、その最後の一行に何だか、ズドーンと落ち込みました。高校、大学と、時々にレポート対象となった人であるけれど、まぁ今の立場で考察してみたいと思っています。

戦争は、人間を進化させる。科学技術のみならず、精神医学の進歩はその最たるものです。なぜならば、兵士を回復させ、合理的に勝たなければならないから。皮肉なものです。特に「トラウマ」「PTSD」。

日本において、エヴィデンスに基づいた療法を行える人は数人しかいないと言われています。その一人に師事できたことはとても光栄なことだなぁと感じています。(もっとも、博士課程にならないとその療法のイの字も習得させてもらえませんが)。

簡単に「トラウマ」という言葉が独り歩きしていることに違和感を覚えます。しかし、PTSDを抱えてしまうような体験、つまり暴力や破壊的な出来事がなくなればよいと心から願っています。

とりとめもなく・・・。
[PR]
by lakeforest | 2011-12-16 06:43 | 雑感

日々のできごとを、訪れた方々と分かち合えたら・・。( 本ブログの文章、データ等の無断転載、使用はおやめください。)


by lakeforest
プロフィールを見る
画像一覧