包摂

人間社会
自殺対策基本法ができても、自殺者は減らない。どうしてなのか?法が生活に根付いていないこと、総合対策や救済予算が当事者に届いていないこと、横断的な取り組みがなされていないこと等様々な要因があるだろう。

1日100人の命がなくなっている、15分に一人である。これはどう見ても異常な状態である。自殺は個人の問題としては済まされない。昨年から今年にかけての月間自殺者数の推移を見ても、昨年10月の自殺者が千人増加している。過去10年間で、このような傾向は初めてであることからして、これは9月のリーマンショックの影響が少なからずあると推測されている。経済の推移がいのちの推移となってしまっていることは残念な限りである。数で語りたくないが、今年の自殺者は過去最高であろうと予測されている。

うつが原因という。うつは原因と捉えるのではなく要因ととらえたい。むしろ結果に近いかも。警察がやっとこさ公開した自殺の調査結果では病死(うつも含)が多い。この辺はきちんとひとくくりにしないことが必要である。うつと自殺の関係が単一的な捉え方になることは避けるべきであろうと思う。

「死なないでほしい。死ぬと(ぼくが、私が)悲しいから」その一言で死を思いとどまることができたと未遂者のかた、うつのかたが語っていた。実際に、そのようなことを言える関係性を作っていくことができるかは問われるところだと思う。その意味でやはり、この時代は人間関係の再構築の時代なのだろうと思う。また、常々話しているが「自分の存在価値を認められること」が生きていく力となっていることは確かであると思う。つまり、この経験というか体験というか、感覚が人生の中で、確認できてこそ、人は生きていけるのではないかと思う。

一方「死」をけじめと考える人もいる。これは日本独特の穢れと禊ぎの文化の流れかもしれない。(この独特な文化から、様々な差別思想、社会が生まれてきたことも確かである)あのアカデミー受賞作の映画の原作でもある「納棺夫日記」からも感じ取ることができる。「死」を語れないことと、死を向きあわないことは別ものであるが、世の中全体で「死」を語れない傾向にあることは残念なことでもある。こういう時こそ、宗教家の出番であろうに。大いに死生観を語ってほしい。

海外ではうつ病の人のためのケアが発達している。そこに入ってリフレッシュして社会復帰しても、ハンディはない。日本だったら、大変なことである。そして、自殺者統計も(性犯罪者同様)公表している。社会のしくみの中で自殺者を生み出さないように取り組んでいる。「死」から学ぶのである。

人のいのちの大切さ・・・このことをマニフェストに掲げた党が第一党となったのだから、社会の価値基準が良い方向に変わっていくようにしていきたいと思う。お任せ政治から参加型政治への移行は、参加する国民の意識も問われているのであるから。

水槽の中
我が家の水槽には、メダカと金魚以外に熱帯魚と川魚(と思わしき魚)が混在し始めた。ある子ども(教え子)が我が家に自分の家で飼いきれなくなった魚を夫に預けたからだ。ある日、一匹の金魚がボロボロに傷ついていた。よく見てみると、川魚がつついていじめていた。急いで金魚を隔離したが、時すでに遅しだった。

すると翌朝、小さなエビの殻が底に落ちていた。脱皮したのかと探してみると一匹いない。証拠不十分だが、川魚が食べたのだろう。私は夫に「なぜ川魚を隔離しないのか?」と聞いた。すると弱肉強食の摂理を訴え、弱くなるものは食べられていくものなのだと言う。私は、金魚やエビは弱いから食べられたのではなく、川魚の領域を犯したり何なり、餌食となったに違いない、だから、川魚を隔離した方がよいと忠告した。そして翌朝、もう一匹のエビが殻だけになっていた。ようやく彼は川魚を別の水槽に移した。

するとあんなにはしゃいで元気だった川魚は驚くほど静かで、じっと動かずにいた。鑑賞にはならないほどじ~っとしていた。ところが3日くらいたったころだろうか、帰宅すると夫が水槽をじっとにらんでいた。

川魚をまたみんながいる水槽に移したという。私がなんでまた無謀な・・というと、息子が、川魚がじっとしていて可哀想だと言っており、私の非情さを訴えていた。夫はじっくりと水槽をみて、やはり川魚の水域(水槽の底部分)に他の魚が寄りつかないこと、他の魚の動きが妙に早くなったことに気付いた。そして、結局、また隔離することになった。

夫は、可哀想だという息子に「一匹の魚のために多数の魚が驚異を感じ、傷つけられまいとするだけでストレスを感じるのはさけなくてはならない。悲しいけれど管理する」と。息子は私に、私が隔離しろと言ったことを非難した。「川魚は本来、ジッとしているものなのだろうと思う。どちらも良い状態で永く飼育、鑑賞できることを選ぼう」と言ってみた。管理されることが大嫌いな息子曰く「非情だね。人間の都合で管理されて」と。「本来共存するものではないものを混在したことが人間の都合。犠牲者は死んだ金魚やエビだけじゃなくて、一緒に入れられた川魚もよ」と答えた。根源的なこと、言いすぎたかもしれない。
by lakeforest | 2009-09-08 06:09 | 価値観

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